お詫び行脚

http://www.asahi.com/national/update/0725/TKY200907250135.html
この件は、もはや済んだ話なのではないか。
行政処分を受け、社会的にも事件がはっきり認識されて、
JR東日本が公に謝罪した時点で済んでいるはずである。


一部の面子のために未だ取水を再開できないのか?
謝っている人を赦すべしという教育を彼らは受けていないのか?
「地元の理解」が条件ということは、
地元民が日本の要所、東京の重要な交通網の
生き死にを握っているということか?


JR東日本の従来の尊大で犯罪を犯罪とも思わぬ態度に、
「今さら手紙を送られても」というが、
むしろそこで大々的に赦してこそ、
JRの国鉄的旧弊も死に絶えるのではないだろうか。


確かに国鉄時代を引きずる老害連中はピンからキリまで
非常に態度が悪い。
客を客とも思わず、横柄の極みである。
しかい対照的に若いスタッフはやる気と思いやり十分なことが、
多いのが、JRの極端なところである。


ここで赦せば、JRも一般のお客様あってのJRと、
再認識をできるのではないか。
また取水について過去の問い合わせを無視したことが
一番の問題だというなら、
その件の具体的な責任者を解雇してはどうか。
そうした対話的取引がなく、
お互いに自分の主張を一方的に貫いて、
最後に財政的精神的体力のある方が勝つというのは
日本の悪い習慣だ。
日報を引っ張ってくれば、いつ誰が誰にどういう対応をしたか、
分かるはずである。


「電車は絶対に止めない」というのが、
社会的責任感から出た発言であれば、
JRの体質が良くなってきている証拠であろう。
逆に旧国鉄としての面子が言わせているのなら、
市民は更なるネガティブキャンペーンを展開する
必要がある。
なぜなら毎日使う鉄道網には、
健全な企業であってもらわねば安心安全な生活が
守られないからである。