合理主義は酷か?

年老いた祖父母に合理主義や説明責任を要求するのは酷だろうか?
何らかの意思決定に関して、どうしてそうしたのか尋ねたり、
ある不満に対する解決策を提案しても聞き入れないのに、
愚痴を言うのがなぜなのか、または意味があるのか、
そういうことを突き詰めることは虐待だろうか?


「天は人の上に人を作らず・・・」ということを、
私なりに解釈すると、如何なる人にも合理的思考回路が
あるということである。
つまり狂人には狂人の合理性があり、
ただ根本的な価値観や目的が普通でないので、
狂って見えるだけだと思うのだ。


したがって老人というのは弱い存在と見られがちであるが、
概ねは甘えもあって分からないふりをしており、
それが度重なって本当にボケるのだと思うのだ。
だから少なくとも本人が生活の自治を主張する以上は、
一人の対等な人間として合理的な行動、
特に説明責任を果たしたり、妥協点を探るべく
合理的に会話することを求めるのは、
相手を尊重すればこそだと思うのである。