自分は物知りで、こちらは物知らずですか。そうですか。

私が私なりの物の見方を話すと、いかにも胡散臭そうに
私を見る人がいる。
その人たちに言いたい。
どうせ「こいつは大して経験もないのに、
知ったようなことを言って、でたらめもいいところだ。」
などと思っていることだろう。
しかしそれは逆に私がより少ない経験から
物事の真実に行き着ける可能性でもあるのだ。
その可能性に思いもよらない時点で、
話の次元が全く違うのだ。
私があなたの話を真剣に聴くとき、
それはあなたの話が全くの真実だからではない。
あなたの話にも真実がある可能性を知っているから、
真剣に聴くのだ。
同時にそれは誰の話であっても、
それが的外れである残余の可能性も示唆するのだ。